ウィグル人は家畜の豚の家畜じゃない!

前回、中国の若者の声を記事してから、ウィグルからの声をインスピレーションで受け取りました。

その声をそのままタイトルにしました。

目次

ウィグルと私

英語圏を選択しない人生

これらは全て、まだ私が何者であるか気づいていなかった時期に、今振り返ると「それに気づくための旅」をしていた頃の体験談になります。

私が20代の頃、世界のグローバル化の波があり、多くの同年代の人は人気の高い[英語圏]特にアメリカとビジネスで関りを持つ道を進む中、私にはあるひとつのイメージが湧き、それは「世界貿易センタービルが何らかの形で崩れていく」ものであり、自分はアメリカよりも中国方面の道を進もうと希望しました。

私は人生の岐路でいつも「大勢の人たちがいくのとは違う方向」ということを念頭に置いていた気がします。

後に、滞在中の中国のTVで「世界貿易センタービル炎上シーン」を見たとき、ショックと同時に、アメリカ[英語圏]を選択しなかった自分を思い出しました。そして「これは報道とは違う何かがあるだろうな、後で情報を集めて調べよう」とも直感しました。

同じ波動を持つ外国人たち

中国で長期滞在する機会を得てから、中国で最大人口である漢民族の人と多く出会いはありましたが、他にはモンゴル人(これは外モンゴルと呼ばれる中国人ではない人)やウィグル人(国籍は中国)との出会いもありました。

漢民族にもたくさん波長が合う人はいましたが、モンゴル人やウィグル人とはとても波長が合い、その感覚は「外国人という気がしない」ほどでした。

今、振り返ると、中国に行く前の母国日本でも「疎外」されていたわけですから、母国人に対する「母国人という気がしない」感覚が影響していたこともあります。

私が漢民族を好きで、もっと好きになろうとしていた時期でしたから、辛いことでしたが、そのモンゴル人もウィグル人も漢民族に対して好感を持っていませんでした。簡単に表現すると「横柄な態度」ということになります。

私はその背景を知りたくて、ウィグル人に尋ねたところ、ウィグル人は日本人と似ていて、家の中では靴を脱いで生活し、人と会ったらお辞儀をするそうです。「日本人もそうだと知っているし、日本人には好感を持っている」と話していました。だから気を許し、漢民族に対する印象を話してくれたのでしょう。

「東洋のフランス人」と言われているウィグルと日本人では、顔の特徴も違い、宗教も違います。一般的な人なら、その先入観に支配され、「他人事」として忘れてしまうかも知れませんが、私は先入観に支配されて生きるタイプではありません。自分に似た人たち(同じような波動を持つ人)が、最低限の人権を尊重されていないことを、ずっと気にかけていました。

そして、ウィグル人との出会いが私にとって初めてのイスラム教(豚肉を食べない)との出会いでもあり、私はイスラム教に入信もしていませんが、「先ずは、豚肉から」肉をあまり食べない食習慣をつけるきっかけになったことでも印象的な人となっています。

ウィグル人はその当時から漢民族と同じような待遇を受けておらず、一部の人たちは冷遇や迫害に相当するものを受けていました。突然、身分証明書(日本と違い、中国人はこれを提示しないと国内の飛行機にも乗れないし、ホテルにも宿泊できない)を没収され、副市長(日本で言えば、県副知事)クラスの人の指示で、指示された人と結婚しなければ身分証明書を返してもらえない、と脅されていました。

使命の模索

そういったこともあり、私は日本へ帰国後、約10年前に、ウィグル人権問題解決に取り組みたいと思い、日本ウィグル協会へ連絡を入れましたが、結果的にそれは実現しませんでした。私の使命はそれではなかった、ということかも知れません。当時は、そう自分を納得させました。まだ、本当の私に気づいておらず、模索している時期でした。

世界の動き

それ以来10年も経過してしまいましたが、最近ではG7でも強調されるなど、ウィグル人権問題については世界で動きが始まっているため、もう私が動かなくともいいだろうと思っていたのですが、なぜかウィグルからのインスピレーションが止まらないのです。私には大きな力などないのに、でも受け取った波動は自分のところで止めてしまってはいけません。止めることが最も良くないことで、それは自己破滅を招きます。それで、大きなことは出来なくても、こうして投稿することにしました。

国外ウィグル人への動き

一方で、中国国外に在住するウィグル人に対しても、最近迫害とも受け取れるような動きが起きているそうです。興味のある方はリンクを貼りましたので参考にしてください。

「将来、人民をリードしていくような可能性のある人物を拘束して活動させない」というのは、権力維持を望む勢力が採用する常套手段ですね。

ウィグル人は!

前回中国の若者が使った「私たちは家畜の豚のじゃない!」という言葉を受けて、私へインスピレーションで伝えてきているウィグル人の声は以下のようなものです。

それはタイトルにもしましたが、

ウィグル人は家畜の豚の家畜じゃない!

私は、ウィグル人のために直接活動に参加する機会を得られず、大きな影響力を与えることはひとつもできませんが、ウィグル人を忘れているわけではありません。

毎回の投稿で、毎回わずかひとつの単語ですが、必ず使っている言葉は「Räfmät(ウィグル語で「ありがとう」)」、投稿するテーマは毎回異なりますが、毎回登場できているキーワードや言葉はこの単語だけではないかと思います。

そして、今回はほとんど取り上げられませんでしたが、問題はウィグルだけではありません。

モンゴル(内モンゴル:中国)、チベット、香港、台湾にも同じような人権に関する現地人の不満が抑圧され、情報も封鎖されていることを無視しているわけではありません。

世界の全ての地域の人たちが、最低限の人権や生活の自由を保障され、その小さな平和について感謝し、ときには外国の人に、その平和維持協力への感謝として「ありがとう!」と言い合える地球にしていきたいですね!

言語なんて、気持ちを伝えるツール(道具)のひとつにしかすぎません。テレパシーが使えないなら、何語を使ってもいいのです、気持ちが伝わりさえすればいいのです!

ウィグル人も他の地域の人も、日本人も外国人も!

私たちは一人きりでも二人きりでもなく、All alone(全員きり)ですよ!

私たちは人ですか?

【Music】We re all alone 🎧

Räfmät for Better Place..(礼!

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