SLS|Soul Level Stage/魂レベルの段階

魂の進化レベル

人類は魂を持ち、今世限りの肉体に宿って(乗り込んで)生まれてきますが、死ぬときに肉体を離れても、魂は永遠の寿命を持っています。それは他の惑星の知的生命体も同じです。

そして、魂は永遠に進化したいという本能のような欲望をもっているため、また次に宿る肉体を選択し、肉体と共に生活を営むことで魂は永遠に成長・進化・成熟していきます。

魂は誕生からずっと、進化レベルの段階に分けて進化度・成熟度を分析・分類することができます。

魂レベルについての注意点

目次

魂レベルに優劣は無い

誰の魂も本質的な優劣はありません。

人類は個人差はありますが、魂が誕生してから今までに約50回~約100回転生(人間タイプの肉体に宿って生活)経験があります。それ以前に他の動物・植物・鉱物の経験も積んでいます。

魂は進化度・成熟度によってバイブレーション(振動数・周波数)が高まっていきますので、肉体を離れた時に行ける世界のバイブレーション(振動数・周波数)が違ってきます。住める世界が違うということです。

例えば、釈迦やキリストはバイブレーションが高い魂の代表的なものになり、一般的な人類がすぐに同じ世界に到達するのは難しいと解釈できますが、それに追いつくことも、それを超越することも可能ではあります。

ただし、今世で同じ人類として生きている、例えばあなたと私のバイブレーションに高低があったとしても、それだから人格として高貴だとか低俗だとかの優劣の差はありません。人として優劣の差はありません。

もし、優劣による差別をする人がいれば、それは魂の進化度・成熟度が低いか、人を騙していることになります。

釈迦やキリストがそのような差別をしてはいないけれど、あなたを差別する聖職者はいるかも知れません。

そもそも他の人の魂と比較するものではなく、ただ単純に「あなたが魂の進化を望むなら、そうなるように生きればいい、マイペースでいいもの」です。

マイペースで進化を望み、進化の道を歩むときに自分で誰か先輩を目標とするのはポジティブなモチベーション(動機)になり、良いことと言えますが、自分を見失って他の人を盲信したり過度に崇拝することは必要もなく、魂の進化の障害となります。

「今世は魂の進化を望まない」という生き方もいいわけです。そこに善悪の区別はありませんし、「誰もが魂の進化を望んで生きなくてはいけない」ということでもありません。

魂の進化をしない(魂の進化に興味を持つことなく、或いは魂すら意識することなく)人生を送った場合、肉体を離れたときに恐らく「魂の進化を忘れていた」と感じることになるでしょう、というだけで、それすら信じないことも問題ではありません。

魂の進化を望む人、望むときだけ目指すこと

ですから、以下の記事は、「魂の進化を望む人、望むときに目指すこと」という内容になります。

魂の成熟度と年齢

私は、魂の進化度・成熟度を重視しますが、魂の年齢は重視しません。年齢と進化度・成熟度は比例しないし、年齢が高ければ進化・成熟しているとは限らないと私が考えているからです。

魂レベル|8つのステージ(段階)

大まかに分けると、ステージの数値が上がるにつれてエゴ(自我)が弱くなっていきます。

それにつれて愛が強くなっていきます。

言い方を変えると、ステージの数値が上がるにつれて自己(私自身)がハイアーセルフに近づき、それと繋がり、ハイアーセルフになって生きていける。肉体が単なる「乗り物」である感覚になります。

ここでは便宜的にステージ(段階)に分けていますが、実際には階段のようにはっきりと分かれているわけではなく、登山のように無段階の道です。ただし、ちょうど登山のようにステージが上がるにつれて、さらに上に登るための勾配はきつくなり、登りにくく、そして転落もし易くなります。

ステージ1:自己(私自身)を理解する意識がない。

欲望と感情というエゴ(自我)に支配されて生きる。

愛の感覚はまだありません。下等動物や肉食恐竜に近く、[知的生命体]とは言い難い。

苦しみも感じない。自分以外に対して攻撃的。

自分に都合の悪いことは全て自分以外が悪いと感じる。

この状態が悪いことではない。

それも経験と学びの段階に過ぎないし、誰もがこの段階を経験します。

ステージ2:自己を理解しようと意識し始める。

エゴ(自我)だけでは行き詰まりや生きづらさを感じ、葛藤をし始め、苦しむ。

自己愛に目覚め始める。葛藤や苦しみとは愛があればこそ湧く感情。

自己に対しても攻撃的。自分を責めて、自己抑制を始める。

自己愛に伴い、自己防衛本能により恐怖心も湧く。

恐怖により、周囲に合わせて安心感を得る。他人と比較したり、他人に嫉妬したりする。

他人と比較して優越感に浸る。他人を支配しようとする。

ネガティブな感情をコントロールできず、自分を見失う。

ネガティブに支配されやすいがそれに気づきにくい。

ステージ3:自己をコントロールできる時がある。

エゴ(自我)を克服する[幸せ]を味わい始める。

自己認識し始め、それは自己愛でもある。自己探求にも興味を持つ。周囲への感謝も芽生える。

ネガティブな感情のコントロールができ始め、スピリチュアル(精神)世界への興味が湧き、それへの肯定感が強くなり始める。

ポジティブな思考や言動とそれによる幸福感・達成感を味わい始めるが、まだネガティブをコントロールしきれない場合もある。ネガティブやポジティブの区別がまだうまくできない。

自己の葛藤や苦しみは減ってきて、「悩み」という感情に変化してくる。

ステージ4:自己の中にコントロールすべきものを区別でき始める。

エゴ(自我)もまだあるが、ネガティブとポジティブを区別し、ポジティブに生き始める。

時々自分をコントロールできなくはなるが、自己を理解できてきて、自己を客観視することもでき始める。自己愛が強まり、それに比例して他人への愛情表現も上手くなってくる。

ネガティブへの対処が上手くなり、自分を見失うことは減ってくる。

善悪などの二元性にまだ執着が残り、人を批判したり、軽蔑したり、人へ何かを強制して正そうと行動したりして、それを善行と思う。

「犯罪者には刑罰を与え、懲らしめて当然だ」などと正義感に満ちるが、それ以上の愛にはまだ目覚めない(さらに上のステージで、それは勘違いであると気づく)。

阿修羅の境地がこのステージに該当する。スピリチュアル(精神)世界を放棄しかねないリスクがまだ大きい。

ステージ5:自己を知る。

エゴ(自我)が弱まり、自己(私自身)を愛し始め、それに比例して他人(家族も含む自己以外の人)を愛することができる。ネガティブを克服し、ポジティブを以前より上手く使える。

単に求め、与える愛から、慈愛や寛容という愛も体得し、実践できる。

エンパス(弱者への思いやり)力の芽生え。

人以外の動物や植物、自然全般などへの愛情の芽生え。

「ありのままに生きる」こと(私がよく使う「Let it go!」の感覚)を実践し始め、他者や周囲の魂レベルを自然に上げる愛の力が開花し始めるが、まだ上手くいかないこともあり、悩みはある。

「ありのままに生きる」、「Let it go!」、「ハイアーセルフと繋がる感覚」、「ハイアーセルフとして自分の肉体を操縦する感覚」これらはほぼ同義。

ネガティブを受け入れる寛大さや勇気の芽生え。

スピリチュアル(精神)世界を放棄する気持ちは無くなる。ただし転落してしまうリスク(危険)はこれより高いステージに登っても必ず付きまとう。

ステージ6:自己も知り、自己と他人をほとんど区別なく愛する。

ネガティブもポジティブも同じように受け入れ、ポジティブさで周囲の魂レベルを上げられるようになる。

自己の客観視が上手くなってきて、達成感も高まり、他への貢献や奉仕、いたわりが強くなってくる。

無条件に近い愛を体得し始め、実践し始める。それに伴い幸福感も増してくる。

エゴ(自我)はほとんど表面に出なくなり、そのことも理由となり、一般的な人から理解され難い境地であるため、誤解されたり、迫害を受けたりと孤独も味わう。

数少ない悩みはこの孤独感、そして使命(または役割)に気づけていない不安感。

「ハイアーセルフと繋がる感覚」、「ハイアーセルフとして自分の肉体を操縦する感覚」これらにより、孤独感に耐え、むしろそれを楽しむことが上手くなってくる。

それらも全て試練であると、次のステージで気づく。

ステージ7:自己の使命(または役割)を知り、その使命を自身の感覚で遂行する。

ここに至るまでの全ての人や事象に感謝できる。またそのことで全ての人や事象に恩返しをしたくなり、使命(どんな使命・役割であれ、それは愛)を実践することで周囲の魂レベルを上げられ、自身の幸福感を強く感じる。

使命を知る=肉体の死を恐れない

周囲からの誤解や迫害にすら気にも留めない、それすら受け入れる。

「ハイアーセルフとして自分の肉体を操縦する感覚」をほぼ体得・実践できる。

ステージ8:自己(私自身)も他人や他の生命(動物・植物・鉱物)もネガティブもポジティブも全てありのままに受け入れる。

受け入れるも受け入れないもなく、現実として起きたことをそのままにする状態

私がよく使う「Let it go!」の感覚。

そこに愛はあるが、この境地の使い方が少しずれると、愛を実践しないことにもなりかねない。

ハイアーセルフとして生きている感覚が強く、もはや肉体は有るのか無いのか感覚が薄れる。

肉体や物質への執着がほとんどなくなる。

全てを包容し、全ての魂レベルを自然に上げられる。

ヒンドゥー教にはこれに近い境地を楽しむことしかしない人が少なくない。

ラーマクリシュナは弟子たちを指導する際に「人間も神の現れであり、人に奉仕することは神に奉仕することと同じ」と言って、三昧の状態に入ってただ自己陶酔することを禁じた

魂レベルのステージ(段階)を上げるために必要なこと

自分が現在いるステージを素直に分析

誰かと比較することではないし、自分に嘘をついても誰も幸せになれませんから、素直に現在いる場所を分析評価して、一歩ずつ進める。

客観視

自己を客観的に見つめ(自己探求)、受け入れて、ネガティブなものを手放すこと。

自分が誰(どんな人)かを探求、使命や役割に気づけるように見つめる。

これは心理学用語で「メタ認知」とも言われる。

メタ認知wiki;

”「メタ(高次の)」という言葉が指すように、自己の認知のあり方に対して、それをさらに認知することである。メタ認知という概念の定義やその活動は分野によって様々であるが、心理療法認知カウンセリングをはじめ、ものごとや経験に対して正しい理解を行えているかなど、自分の認知行動を正しく知る上で必要な思考のありかたを指すことが一般的である。”

上記各ステージの一段階上の内容で足りないものを補うために高める

上の客観視と似ているが、今自分が居るステージの一つ高いステージの内容が実践できるように取り組んでいけばいいですね。急激に何段もスキップすることは難しいですから。

他の表現をするなら、ハイアーセルフを意識し、繋がるようにトライし、ハイアーセルフとして自分の肉体を操縦すること。それだけに取り組んでも自然にステージを登ることはできます。

小さな緊張と大きなリラックス

これも私がよく使う言葉ですが、魂の進化・成長を目指そう!という硬い意思を小さな緊張感を伴って意識し、残りは大きなリラックスを伴ってトライする。いずれか一方だけではステージを上げられないし、バランスが悪いと習慣化しづらかったり、挫折や自己嫌悪を引き起こす。

どうかCool&Warmを忘れずに!

また、挫折や自己嫌悪に陥らないためにも、小さな成功体験を重ねて、自分を褒めて、幸福感を味わいながら進める。

魂の進化のために生きることそのものが楽しく幸せなことと感じられれば、今世で最高ステージに達することができなくても、それは幸せでしかないし、その過程での失敗も全てが成功への経験でしかないので、楽しみながら進化の実践が継続できる。

いかがでしょうか?

ステージが高まるにつれて難易度は高くなりますが、トライ&エラーを重ねることの幸福感、肉体を離れても永遠に継続できる唯一の目標として楽しめると思います!

焦らずに、疲れたら十分に休息したり、一定期間これを忘れてもいいです。

富や権力、名声などは肉体が死んでしまえば全て失うもの。

でも魂の進化・成熟は永遠に築き上げることができるのです!

あなたにはできる!

それはあなたの魂が誕生したときから運命づけられていることなのです!

悩んだり、回り道してしまったり、そんなことは誰でも通る道に過ぎません!

あなたにはできる!そのことに変わりはないのです!

私たちは限りない人型知的生命体なのです!

あなたはハートのブロックを外して、ただその運命を思い出すだけでいいのです!

永遠に取り組めるこのワーク(作業)を「ノルマ」などと捉えずに、「良い趣味」として捉えてポジティブに楽しんで進めていきましょう!

あなたの居るステージが以前よりベターな場所になりますように!

【Music】The Edge We Are The People 🎧

Räfmät for Better Place..(礼!

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