王陽明 東洋哲学之王

久しぶりにまた中国語のタイトルにしました。

今回は、中国大陸が生んだ古き良き人物[王陽明(王守仁)]を取り上げます。

タイトルの表現は大袈裟な感じがありますが、それは彼の哲学に[王学](王の哲学と解釈できる漢字)が使われているものだからです。(Mr.王:Wang/Kingこの2つの意味に解釈できる。)

王陽明を取り上げる理由は、彼が偉大な私のメンターでもあり、インディゴチルドレンの特徴を伴った発想を持ち、その理論通りに人生を送った人物だからです。

王陽明について解説しようと思うと、分厚い一冊の書籍になる程の量になりますし、表語文字である漢字を並べた哲学は自動翻訳では翻訳エラーも発生しやすいため、ここではこのブログテーマと共通している部分だけを非常に簡単に紹介します。

私が感じる王陽明の代表的な哲学は、「知る」ということは「行う」の始まり、「行う」ということは「知る」の実体化である。という考え方です。(漢字4文字で【知行合一】と書きますがAI翻訳だと、うまく表現されていないと思います。)

実践することを前提に知識を得るという考えは、第6感を使って先に結果をイメージしてから後にプロセスを行うという宇宙的な手法。

「学んで実践しないのなら、学ばないのと変わりはない!」との厳しい言い方も彼はしています!

人に諫めると同時に自分をも諫めている人格面も私がリスペクトしている点です!

尚且つ彼はその「知る」と「行う」は限りない循環関係で発達するとも説いています。

これも宇宙の法則に沿っている。

そして彼はそれを知っている学者というだけでなく、実践できた。反乱農民や賊の討伐という実戦の指揮官としても3つの大きな功績を残している。

学者であり、尚且つ将軍であったことです。そんな人物は非常に珍しい。

言ってみれば、当時の古い価値観に対して創造的破壊を行うというインディゴチルドレン的な役割を果たしたわけです。

素晴らしいスピーチを視聴する機会があるとき、より良い視聴方法は、実践することを前提として視聴し、感動したことを実践することがとても大切です!

それと「感動してから、実践について考える」とでは成果に大きな差が出ます。

目次

王陽明の哲学が周辺地域に与えた影響

彼の哲学は日本では多くの中国研究学者に採用され、教育の分野では、彼の哲学を理念とした学校もたくさん設立され、その卒業生たちが経済・政治を発展させていきました。つまり現代の日本の礎ともなっています。

また台湾では、蒋介石が王陽明を記念して陽明山と名付けている山があります。

この二つの地域に共通して現代でも、実践重視の学問や生活文化が伝統となっています。

王陽明という呼称は主に台湾と日本でしか使われていません。感謝と愛着を持った呼称ということです!

中国では王守仁と呼ぶのが一般的だそうです。

こういったことから、私は王陽明をとてもリスペクトしていますし、同時に王陽明を生んだ中国に対しても感謝とリスペクトをしています!

今回は表語文字による東洋哲学の紹介なので、私は表音文字文化の閲覧メンバーが自動翻訳障壁により、理解し難いことにナーバスになっていて、紹介する量を非常に控えめにしています。

これは私の表音文字文化の閲覧メンバー(弱い立場の者)に対する気遣い・エンパシーの現れとポジティブに理解してもらえると幸せです!

けれども、もし興味を持った方は、母国で彼の哲学に関する手動翻訳(AI翻訳ではないもの)された文献を探して参考にしてみてください。

500年以上前の哲学とは思えないほどに、宇宙法則に沿っている点が多く、また第6感の強さも私には強く伝わって来て、研究・学習対象としてお薦めの偉大な人物です!

【Music】 Big Fish  🎧

Räfmät for Better Place..(礼!

コメント

コメントする

目次
閉じる