英才教育に興味がありますか?
閲覧者の年代が幅広く、これから子供を育てる予定の人、育児や教育がほとんど終わっていて教育経験がある人、子供の教育は終わり孫がどんな風に教育されるか興味がある人、など様々いると思います。
今回は、IQ(知能指数)世界一と言われた人の生涯を紹介します。
IQ世界一の天才
ニューヨーク生まれ。父はウクライナ系、母はロシア系のユダヤ系移民である。父ボリス・サイディズは心理学者で、農民に読み書きを教えることを禁ずる法を破ったために政治犯として迫害を受け、1887年、帝政ロシアから米国に移住し、ハーバード大学で心理学を教えると共に、精神分析家として患者の治療に従事して多数の著作を残した。母サラは旧姓マンデルバウム、1889年にポグロムを逃れ、やはりロシアから米国に移住した。彼女は学校教育を受けたことがなかったにも拘らず夫ボリスの個人教授を受けて医学部に学び、医師となった。ウィリアムが誕生すると、息子の教育に専念するために医師を辞め、専業主婦となった。ウィリアムの名前は、ボリスの友人で同僚のウィリアム・ジェイムズに由来している。
ボリスとサラは、息子を育てるにあたって一切の罰を与えることなく、早期英才教育によって知識欲を植えつけようと考えていた。これは、当時としては非常に珍しい考えだったので多くの批判を受けた。にも拘らず、両親の教育のおかげでウィリアムは生後18ヶ月にして『ニューヨーク・タイムズ』を読むことができ(過読症)、2歳でラテン語を、3歳でギリシア語を独習した。4歳で解剖学に関する学術論文を執筆した。8歳までには、8つの言語(英語、ラテン語、ギリシア語、ロシア語、ヘブライ語、フランス語、ドイツ語、そして彼自身が発明した言語であるヴェンダーグッド語)で複数の本を執筆していた。
幼年期のエピソード
- 母サラは息子のベビーベットの上にアルファベット文字を飾った。
- 生後6ヶ月で「ドア」と言った、2ヶ月後サラに向かって「ドアと人々、動くものが好きだ」と言った。
- 生後7ヶ月で月を指さして「月」と言った、そして自分だけの月を欲しがった。
- 1歳で綴り方を覚え、3歳でタイピングを覚えた。
- 4歳の誕生日に父ボリスから、ラテン語版のガリア戦記をプレゼントされ、読みこなした。
- 同じく4歳の時、ホメロスを原書で読んだ。
- 6歳の時、アリストテレスの論理学を修得した。
- 6歳の時、ロシア語、フランス語、ドイツ語、ヘブライ語、トルコ語、アルメニア語を習得した。
- 6歳の時には、歴史上のいかなる日付でも曜日を計算し、当てることができた。
- 6歳で大学レベルの数学の試験で合格点を取った。
- 6歳でグラマースクールに通い始めた。あまりに上達が速いので、3日で3年生に進級。7ヶ月で卒業した。
- 8歳の時、数学の力で父ボリスを追い越した。
- 4歳から8歳までの間に、4冊の本を執筆した。解剖学と天文学の本も書いたが、紛失し、現存していない。
- 7歳の時、ハーバード大学医学部の解剖学の試験に合格した。
- 8歳の時、MIT(マサチューセッツ工科大学)の入試に合格した。
- 8歳でハーバード大学に願書を出した時、学力は充分だったにも拘らず入学を拒否された。
- 8歳の時発明したヴェンダーグッド語は、当時専門家たちからも高く評価された。
- やがて早熟児のためのプログラムが始まったため、11歳で再度ハーバードに志願して入学を許された。彼は当時、ハーバード入学者の中では史上最年少だった。
成人後の生活
教授生活
- 16歳にして、テキサス州ヒューストンのライス大学の数学教授に就任。しかし、彼自身よりも年長でありながら(彼から見て)レベルの低い学生たちを指導する仕事に不満を抱き、1年も経たないうちに辞職してボストンに帰郷した。
- 18歳でハーバード大学ロースクールに入学したが、成績優秀だったにも関わらず、「精神的に満たされない」という理由で1919年3月に中退している。
政治活動と晩年
1919年、社会主義者、無神論者、ソビエト政治の支持者だった彼はメーデーの反徴兵パレードに参加したために逮捕された。1918年の治安妨害法が適用され、良心的兵役拒否者として懲役18ヶ月の実刑を言い渡されたが、両親の奔走で収監は免れた。しかしその代わり、両親がカリフォルニア州に所有する夏の別荘に1年間幽閉された。
1921年、東海岸に戻ると、彼は殻の中に閉じこもり、計算機の運用といった半端な仕事に従事するようになった。そして、路面電車の切符や鉄道雑誌を蒐集する趣味に没頭した。少数の友人と共にサークルを結成し、独自の視点による米国史を内輪で講義することもあった。
育児と教育
インディゴチルドレン視点から見た場合、彼の才能と両親による英才教育にはいくつかの良い点もありますが、問題点もたくさんあります。
子供は親のコピー・遺伝動物・実験動物などではない
- 先ず、両親が相談し、合意の上で「子供に一切の罰を与えない」というのは、良いことです。子供は「罰やしつけ」偏重で育つものではありません。親からの「罰やしつけ」そのものよりも、その動機(親のエゴかどうか)を敏感に感じ取ります。子供は親の行動を見て育ちますから「模範を見せる」ことに重点を置いたほうがいいです。当時は時代に反する珍しい考え方で、周囲から批判を受けたそうですが、批判を押しのけて貫いたことは良いことと思います。ただし、1つか2つは「罰」を与えたほうが良かったと思います。
- 「この両親からなら天才が育つ」と発想した父の考えは大間違いであり、同意した妻も子供を遺伝動物・実験動物と認識しています。子供は生まれたとき(母体で生活しているとき)からすでに人格は出来ています。何十回もの転生経験がつまっている存在であり、親よりも人格的に成熟している可能性もあります。
- 学問しか提供する発想がなかった両親の精神の未熟さ・貧しさがあります。生後8カ月で「人々、動くものが好き」と言った言葉を活かす方向は他にあったはずです。
- 学力や学歴は、子供が生まれる前からある程度設定して生まれてきます。多少の幅も設定されていますが、それは子供本人の好奇心の方向や潜在意識からくる人生設計の変化によってのみ左右される、親たちはそれを尊重すべきです。親が子供の学力向上を望み、人生を変えることは親のエゴであり「学力は高いほうが低いよりも幸せになる」という大人の勝手な幸せの法則に執着し、それを押し付けています。「幸せに対する理解」「執着」「押し付け」これら全ては低いバイブレーションであり、低い次元の世界でしか通用しません。そうする前に親自身が内観を行い修正したほうがいいです。
育児・教育
私は3次元世界での教育のプロでもなく、成功者でもありません。でも私はインディゴチルドレンです。
私が子供にしてきたことは、興味のある人にとっては参考になるかもしれません。
- 出生前から名前を命名し、名前で呼びかける(人としての尊重)
- 「早く会いたい、早く生まれてきて!」と言わない。「そこは居心地いいだろうから、ゆっくり出てきたらいいからね!」と伝える(実際に、出産が遅すぎて羊水を全て飲み干していてやや危険な状態だったとのこと)。出生後も「早く!」という社会システムや親のエゴで子供のペースを乱さない、焦らさない。
- 「生まれて来てくれてありがとう!」と子供が起きているとき、寝ているとき、離れた場所にいるときに関わらず伝える、念じる。
- 「あなたにはあなたの良いところがあるよ!」と伝え【自己肯定感】を高めてあげる。
- これらの結果のひとつとして、魂の成熟度の高い第一子は、お小遣いをもらえる年になって何十カ月もお小遣いを使わない子になっていました。理由は「愛情に満たされているから、お金で買いたい物が無い」からです。同じ育て方をしても、魂の成熟度が低い第二子は「お小遣いをもらうと直ぐに使い切ってしまう」状態でした。これは、まだ物欲などを経験し学ぶ必要がある段階だからです。
そんな私も、育児を始める前から研究したり、構想を練ったりしていました。
子育てを通して、親は子供から育てられる部分もあり、お互いに「幸せ」に向かっていくことが大切だと思います。
学歴や富・名声・権力は「幸せ」とは限りません。ここの理解度によって、育児に対する価値観は大きく異なると思います。
これから子育てを予定している方、子育て中の方、孫には酷い教育実施してほしくない方、環境は様々だと思いますが、育児は今世だけではないです!
来世にも活かせる育児方法を考え直してみるのもいいのではないでしょうか!
親は私を尊重して教育してくれるかな?
【Music】Covenant Keeping God(神を守る契約) 🎧
Räfmät for Better Place..(礼!
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